6月 17, 2008 at 23:35:41 | 未分類 - 投稿者 hq | 1件のコメントがあります,
弊NPO 中西理事の寄稿を UP しました。
紀州熊野のあゆみ[クリックするとpdfで開きます]
気仙沼と熊野の絆について [クリックするとpdfで開きます]
紀州熊野応援団メンバー、平さんの三陸地方紀行文です。
紀州熊野と関係ある三陸地方訪問について
応援団事務局の鈴木拓氏より、三陸・気仙沼と熊野の関係に関する中西先生の論文を転送していただき、偶然にもこの論文を拝読する前から決まっていた三陸地方への旅を17日から19日にかけて実施してきました。 三陸地方への旅は初めてでしたが、色々な点で熊野と関係があることがよく分かりました。 今回は、宿の都合で宿泊した場所は、気仙沼より少し仙台寄りの南三陸市志津川町というところでしたが、その近くにある登米市登米町(とめし とよままち)にある旧武家屋敷を訪問しました。その武家屋敷の中心地に「春蘭亭」という武家屋敷を改装した記念館がありますが、この春蘭亭の元居住者は熊野出身の鈴木氏という武士だったと説明されました。春蘭亭の紹介書によりますと、伊達家登米初代当主相模宗直が慶長9(1604)年に水沢城から登米へ移住した祭、筆頭家老として共に移住して来た武将が鈴木氏であり、その鈴木氏の祖先が紀州熊野の鈴木氏から別れた一族であった、と記されています。その後、鈴木氏が長年にわたりこの地域の管理責任者を務め、平成元年に鈴木氏の本家屋敷を町に寄付され、平成2年に「春蘭亭」と命名し町のシンボルとして運営されています。春蘭亭の近くを散策して見ましたら、なんと「鈴木」という表札を掲げた家が何軒も軒を連ねていました。皆さん同族だそうです。
気仙沼では時間が少なかったため、熊野との関係を詳しく調べることはできませんでしたが、食文化では共通点が多々あるようです。その一つが「さんまの一本寿司」でした。今の季節は北海道のさんましか入荷しないので作らないとのこで試食はできませんでしたが、さんまが三陸沖に来る頃には昔から多くの家庭でさんま寿司をつくるそうです。私は、以前に三宅島(東京都)でもさんま寿司をつくる(熊野の漁業者が遭難して三宅島に住み着いた人が作る)と聞いたことがありましたが、岩手県でもさんま寿司を昔から食べていたことを初めて知りました。気仙沼のさんま寿司には2種類あり、一つは熊野と同じ1本寿司(腹さき)、もうひとつは琵琶湖の鮒ずしと同じような「さんまのなれずし」だそうです。想像ですがこれも熊野から伝来したのでしょう。
また機会がありましたら、三陸地方の海鮮料理と熊野地方の海鮮料理を比較した感想文を書いてみたいと思います。 以上
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紀州熊野応援団メンバー、平さんの三陸地方紀行文です。
紀州熊野と関係ある三陸地方訪問について
応援団事務局の鈴木拓氏より、三陸・気仙沼と熊野の関係に関する中西先生の論文を転送していただき、偶然にもこの論文を拝読する前から決まっていた三陸地方への旅を17日から19日にかけて実施してきました。
三陸地方への旅は初めてでしたが、色々な点で熊野と関係があることがよく分かりました。
今回は、宿の都合で宿泊した場所は、気仙沼より少し仙台寄りの南三陸市志津川町というところでしたが、その近くにある登米市登米町(とめし とよままち)にある旧武家屋敷を訪問しました。その武家屋敷の中心地に「春蘭亭」という武家屋敷を改装した記念館がありますが、この春蘭亭の元居住者は熊野出身の鈴木氏という武士だったと説明されました。春蘭亭の紹介書によりますと、伊達家登米初代当主相模宗直が慶長9(1604)年に水沢城から登米へ移住した祭、筆頭家老として共に移住して来た武将が鈴木氏であり、その鈴木氏の祖先が紀州熊野の鈴木氏から別れた一族であった、と記されています。その後、鈴木氏が長年にわたりこの地域の管理責任者を務め、平成元年に鈴木氏の本家屋敷を町に寄付され、平成2年に「春蘭亭」と命名し町のシンボルとして運営されています。春蘭亭の近くを散策して見ましたら、なんと「鈴木」という表札を掲げた家が何軒も軒を連ねていました。皆さん同族だそうです。
気仙沼では時間が少なかったため、熊野との関係を詳しく調べることはできませんでしたが、食文化では共通点が多々あるようです。その一つが「さんまの一本寿司」でした。今の季節は北海道のさんましか入荷しないので作らないとのこで試食はできませんでしたが、さんまが三陸沖に来る頃には昔から多くの家庭でさんま寿司をつくるそうです。私は、以前に三宅島(東京都)でもさんま寿司をつくる(熊野の漁業者が遭難して三宅島に住み着いた人が作る)と聞いたことがありましたが、岩手県でもさんま寿司を昔から食べていたことを初めて知りました。気仙沼のさんま寿司には2種類あり、一つは熊野と同じ1本寿司(腹さき)、もうひとつは琵琶湖の鮒ずしと同じような「さんまのなれずし」だそうです。想像ですがこれも熊野から伝来したのでしょう。
また機会がありましたら、三陸地方の海鮮料理と熊野地方の海鮮料理を比較した感想文を書いてみたいと思います。
以上