大都市と地方の格差―――古くて新しいこの問題は、日本全体が成長していた時代とは異なり、人口減少社会が到来した現在、地方が衰退の様相を強め、加速度的に深刻化している。かつて、林業・水産業で栄えた紀州熊野地域も例外ではなく、暗い話が多く聞かれる。   だが近年、『紀伊山地の霊場と参詣道』が世界遺産に登録されるなど、明るい話も出てきている。この機会を生かし、紀州熊野地域の再生を図ろうとするのが、本団体の主目的である。    

地域活性化に関しては、紀州熊野に限らず、日本全国で様々な主体によって進められている。我々は、次のような三つの視点を持ち込み、地域活性化の活動に新風を吹き込みたい。   一つは、地域振興における行政界の壁をなくすこと。 従来の取り組みは『官』主体のものが多く、振興事業は行政界単位のものが多い。世界遺産の登録地域を見て分かるように、和歌山県・三重県・奈良県にまたがる紀州熊野地域は、地形的にも歴史・文化的にも一つのまとまりを持っており、この地域の振興においては、行政界の制約をはずした自由な発想と行動が必要であると考える。   二つめとして、活性化活動の主体者に新しい血を加えたい。 無論『地域』を対象とする以上、今までのように地元自治体・地元居住者が主体者であることは論をまたない。

しかし地元以外にも『紀州熊野を衰退から守り発展を願う人々』は大勢いる。例えば紀州熊野出身者で、現在は東京・大阪・名古屋といった大都市に居住している人々。中でも『団塊の世代』は相当な数に上り、彼らの多くは衰退する故郷の行く末を憂慮している。彼ら『紀州熊野OB』が故郷へUターン移住するのは難しいが、しかし地域活性化は地元に住まなければできないわけではない。観光振興にせよ地域特産品開発にせよ、マーケットは大都市にあり、ニーズ把握や販路開拓・PRなど大都市での活動なくして活性化はありえない。
いやむしろ、多くの地域振興専門家によれば、その点こそが、今までの地域活性化活動の最大の弱点とされているのである。かつて大都市に出て行った『紀州熊野OB』が、青春時代をすごしたふるさとの仲間達と手を組み、豊富な知識・経験・人脈などを生かしていけば、今までにない地域活性化の動きができるはずである。   三つめとして、紀州熊野に興味・関心のある人々をいざなうこと。 例えば、熊野神社は全国に3000社以上あるといわれるが、神社の維持管理には宮司や氏子など多くの方々が従事されている。あるいは、世界遺産登録などを機に紀州熊野へ興味・関心を抱いた人々。紀州熊野に縁もゆかりも無いが、TVや雑誌などを見て興味を持ち、遠路はるばる旅行に訪れる人々も少なくない。こうした様々な人々と、紀州熊野の発展を願う人々との間で、コミュニケーションを図り、人の輪を形成していくことは、地域活性化に不可欠の要素と考える。   

このようなことから、本団体は、まず紀州熊野のほか大都市にも活動拠点を設け、相互に連携・協働する体制を整えることとした。次に、紀州熊野地域に暮らす人々と全国各地に暮らす人々との間の交流を図り、紀州熊野地域の自然・農林水産物・伝統文化などの様々な資源と、大都市など消費地のニーズとを、創造的に結びつける試みを行なっていく。
そして、観光産業振興や農林水産物の地域ブランド化、自然体験による豊かな情操の育成などを行ない、結果として、紀州熊野地域の振興・活性化と雇用創造に寄与することを目標としていく。なお、実際の活動においては、既に自治体、財団、既存NPOなどで、多数の活性化テーマが検討・試行されていることから、本団体は組織的特長を生かし、違った側面から協働するケースが多くなると考えている。