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	<title>Comments for 紀州熊野応援団</title>
	<link>http://kishu-kumano.com</link>
	<description>紀州熊野地域の活性化を応援する市民団体のホームページです。</description>
	<pubDate>Sun, 20 May 2012 08:01:35 +0900</pubDate>
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	<item>
		<title>Comment on 紀州熊野応援団　第３回統一イベント　ｉｎ　ＳＨＩＮＧＵ　の決議書 by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2010/10/28/uiithcaaaeoayiyyuyoyeeioeeicoieuan/#comment-24</link>
		<pubDate>Sat, 30 Oct 2010 06:37:52 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2010/10/28/uiithcaaaeoayiyyuyoyeeioeeicoieuan/#comment-24</guid>
					<description>紀州熊野応援団　第３回統一イベント　ｉｎ　ＳＨＩＮＧＵ　　議事録

日時：2010年10月23日（土）　13：30〜18：00
場所：新宮商工会議所

１．理事長挨拶　：　嵩理事長
今回のイベントのタイトルは「紀州熊野の明日と日本の将来を考える集い」、サブ
タイトルは「自然と人間の共生を求めて、紀州熊野の資源を活かす。」であ
る。我々はもう既に、「資源を活かすことができなければ人が生きることができな
い」、という段階にきており、今回の会議は、当応援団にとって、エポックメイキ
ングなものにならなければならない。本日、３人の講師の方の話を踏まえ、皆で意
見を出しあい、ある一定の結論を出し、そしてその結論に従って具体的な行動を起
こさなければならない。具体的な行動というのは「誰かがやってくれるだろう」と
思いがちだが、我々は決議に従って、ひとりひとりが自分でできることはやってい
くという気持ちを持って頂きたい。そして、この会議が応援団として新たな飛躍の
一歩になればと考えている。

２．来賓紹介

３．来賓代表挨拶　：　亀井　新宮市副市長　＜田岡市長メッセージ代読＞
熊野応援団は、その精力的な活動を通じ、当地域に多くの刺激を与えて頂いてい
る。特に、ふるさとを思う皆さんとの繋がりは、新たな局面を見据えるための大き
な支えである。会員の皆さんが技量・知識・経験をふるさとのためにフィードバッ
クしていただけるならば、非常に力強く思う。私たちは今こそ大所高所からわがふ
るさとを見つめなおし、応援団の設立趣旨にもあるように、行政の壁をなくし広域
連携していくことが重要と認識している。

４．メッセージ・祝電の紹介

５．講演
 「林業再生と木材利用」　“持続的森林経営と再生資源としての木材”
林業家（速水林業代表）　速水　亨　氏
日本は古くから柱適寸角の木を活かす技術があり、集成材の技術の進展に乗らな
かった。結果として輸入される集成材に比して精度・コストともに劣ることとなっ
た。しかしながら、日本書紀にも樹種を目的別に植えるという記述があり、長いサ
イクルで人工林を維持・管理していくという文化が、日本には古くからあった。熊
野古道の景観もその流れの中にある。
林業生産は日本の国内総生産に対して、戦後直後は3％、Ｓ55年は0.34％、Ｈ20年は
0.09％と推移、林業就業者も日本全体のＳ55年には0.34％、Ｈ20年には0.09％とな
り絶対数としてもわずか6万人となった。木材の需要がどんどんと減少しており、立
木価格も下落している。山で切ったスギ1&#13221;で雇用できる作業員数は、Ｓ30年に11.8
人/&#13221;であった、Ｈ16年には0.3人/ であり、1/40になっている。また、非持続的森
林からの木材が輸入される等があり、木材が安売りされている事と、国有林はマー
ケットを無視した伐採を続けるため、木材価格は下落し続けている。ドイツ等の海
外との比較では、日本はとにかく道がついていない。日本の森林全体はどんどんと
太っているが、樹齢21〜60年生が多く、林業の主力である80年生以上が少ない。面
積あたりの生産量はオーストリアは4.9&#13221;/ｈａ、日本1.3 /ｈａと日本はまだまだ
切れる余地があるが、樹齢が若い。また林業・森林への投資に対するリターンを見
ると、世界で見るとかなり良い数字になっているが、日本では良くない。
林業は木を植えて・切る以外は光の管理が全てである。太陽・水・光のうち人間が
確実に管理できるのは光だけ。光を管理することで他のふたつの要素をコントロー
ルしていく。私は明るい森林を維持する程度の、間伐を行うことが適切だと考えて
いる。そうすることで多様性のある森林を作ることができ、また良い遺伝子を残し
ていくことができる。また木が川に覆いかぶさるということも重要で川の生態系を
維持できる。倒木を計画的に残すなどということも重要。
速水林業ではこの10年間に、ＦＳＣという森林認証制度を受けたり、販売方法の見
直しによるコストダウン、トヨタの森の管理を受託、と様々な努力を続けてき
た。「森林・林業再生プラン」が動き出したが、これだけで成り立つかは議論のあ
るところ。市場を情報ネットワークとして活用してもらえるよう働きかけを行って
いる。「自然素材としての木材」と「工業製品としての安定感」を切り分けて考え
なければならない。前者は前者で大切であるが、マーケットは後者を求めてい
る。法改正等もあり要求されるものが厳しくなっていくなかで、安定した品質の木
材を供給していくことが重要である。木の評価としては、強度は充分であり、勝負
は耐久性である。ＦＳＣ等の認証制度も活用して、国際的に誇れる紀州の森林地帯
を作っていくために、頑張っていきたい。

 「土と水と緑の学校」の開校（27年間）と児童・若者を紀州熊野へ誘う
　　　　“紀州熊野に親しみ、紀州熊野の自然資源の活用について”
（社）アジア協会アジア友の会　事務局長　村上　公彦　氏
紀州熊野地域を利用させてもらう立場で話をしたい。初めて熊野川の雄大な流れを
見たときに、都会の子供たちに見せたいと感じたのをきっかけに、その後「土と水
と緑の学校」を開校した。小さいころの「体験」は貴重であるので、「学校」では
座学ではなく体験学習を中心にして、集団生活を重視している。今年で27年目にな
るが、ふるさとを持たない子供にとってはふるさとのような存在になっている。
今日があるのも様々な人のつながりのたまものであるが、地域文化に情熱を持ち行
動を起こしていく人（新宮の中西氏）がいる地域は強い。熊野には素晴らしい自然
があるが、ここにしかないというものではない。そういう意味では如何に付加価値
を付けていくかという点が重要である。京都府美山町というかやぶき屋根のまちが
あるが、年間70万人の人が来る。そうなると色々なものを売ったりして、人の流出
が止まった。流動人口というのは非常に重要である。熊野にもあり、昔の日本のど
こにでも見られた風景を活かして、自分たちの特殊性を活かして、共通の問題に取
組んでいかなければならない。
岡目八目という言葉があるが、ものごとは当事者でない色々な人の意見が参考にな
ることがある。熊野応援団はまさに「岡目」として紀州熊野のために様々な提言を
していって欲しい。日本では公＝官であるが、近代市民社会の原理ではそうではな
く、官も市民も公に対してどうかかわるかということが大切。お上に頼らず、市民
が自覚的に考え行動していかなければならない。まさに熊野応援団も行動して欲し
い。その為には、良いリーダーと良いビジョン、そして解りやすいビジョンが必要
で、そうすれば多くの人が巻き込める。そしてメンバーが痛みを受け入れる参加が
必要である。熊野応援団も口も出すけど、時間・お金も出すという形で協力し、行
動していって欲しい。政府に対しても具体的なビジョンを宣言していって欲しい。
アジアのボランティアを受け入れる会議を招致するなどを考えたときに、受け入れ
体制が重要であり、そういう意味でも紀州熊野の地域も何ができるのかを考えて欲
しい。

 「熊野再生のために」　“熊野スピリチュアル（精神文化）を語る”
熊野出会いの里々長　麻野　吉男　氏
熊野のイメージはどのようなものか。私は熊野川が見える高台に暮らしている
が、海と山が交わる、潤沢な水のイメージがある。世界の色々な地域で水をめぐる
戦いがなされているが、熊野は水を大切にしなければならない。水を守らなけれ
ば、山も守れない。私が少年の頃は、水や森は資源ではなく、石油や石炭が資源と
言われており、日本は貧しい国だと教えられた。資源のない日本は海上輸送による
石油の輸入と勤勉な農民の力で高度経済成長を遂げた。しかしながら現在は、まさ
に水や森が資源であり、神は熊野に水を与えてくれたと感じる。熊野再生のために
は、まさに水を大切にしなければならない。是非、多くの人に熊野川と対面しても
らいたい。川原で芋煮会を催し、また船で熊野川を下るなど体験してもらいた
い。船からの眺めは日常とは違う視点を感じ、時間の流れも違う。是非多くの人に
体験してもらいたい。（その為にはダムの放流なども必要）
残念ながら、日本はヨーロッパのように社会資本が充実していないから、感覚的に
は貧しい。本当は、良い時代に、農村・山村が自立していける投資をすべきであっ
た。また、アメリカが日本に民主主義をもたらしたが、横の関係である民主主義
は、それに歯止めをかける神という存在が必要であり、神の存在があって民主主義
はうまく機能する。
「日の本」の「日」とは魂のことであり、日本はスピリチュアルな国である。熊野
の人は、神の話をしても比較的受け入れてくれる雰囲気があり、そういった土壌が
あると感じる。

５．意見交換会
&#61557;鈴木事務局長より、紀州熊野応援団の活動経過の報告がなされた。
&#61557;大阪支部会員より、三重県多気郡大台町を視察した件の報告がなされ、行政のカリ
スマ的な指導力と民間企業・町民の理解・協力があれば町興しはできると感じた旨
の報告がなされた。
&#61557;東京地区会員より、千葉県での県産材の利用を助成する制度についての報告がなさ
れた。あわせて小水力発電についての事例の報告がなされた。
&#61557;森林組合関係者より、「森林・林業再生プラン」について出口戦略が手薄であ
り、補助金がなくても林業が自立できる仕組みづくりが必要であるとの意見が述べ
られた。
&#61557;大阪支部会員および建材メーカー関係者より、出口戦略に関して、集合住宅の下地
材への国産材の活用についての具体的な取組みについて報告がなされた。
&#61557;東京地区会員より、木材の住宅・建材以外の大きな用途について質問がなされた。
&#61557;東京地区会員より、補助事業によって保育園に木製の椅子を寄付する事例について
報告がなされた。
&#61557;新宮支部会員より、木材製品の生産の過程において、もっと若い人間の声を活用し
て取組むべきであるとの意見がなされた。
→　理事長より、新宮支部にて充分に議論して頂きたいとの指示がなされた。
&#61557;東京地区会員より、製紙会社の原料調達の現況について報告がなされた。
&#61557;本宮大社宮司より、お札に間伐材を利用する取組みについて報告がなされた。
&#61557;東京地区会員より、講演会の感想等の報告がなされた。
&#61557;大阪支部会員より、新宮地区にユネスコ協会を設立すべきとの意見がなされた。
&#61557;麻野吉男氏より、庁舎・看板等を木造にすべきとの意見がなされた。また、看板の
表現の仕方など観光客をもてなす心を真剣に考えなければならないとの意見がなさ
れた。
&#61557;村上公彦氏より、この地が持っている力を引き出していかなければならないとの意
見がなされた。
&#61557;中西新宮支部長より、子供たちに幼いときの体験させることの重要性と小・中学校
の机・椅子・壁等に木材を利用することを紀伊半島から始めていくこと、また都会
の結露対策に木材を利用することを促進するなどの意見がなされた。
&#61557;速水亨氏より、バイオマス発電などに木材を活用していくなどを促進していくべき
であるほか、多様な用途に新しい木材の利用をどう考えていくかということが非常
に重要であるとの意見がなされた。
&#61557;理事長より、決議文案については、来週ホームページに公表するので、それに対し
て意見を事務局に寄せていただくとともに、決議後は、全員で協力して実践し、理
事長から指名を受けた場合は、必ずその指示の活動に協力するよう願う旨の発言が
なされた。

以　上 </description>
		<content:encoded><![CDATA[紀州熊野応援団　第３回統一イベント　ｉｎ　ＳＨＩＮＧＵ　　議事録

日時：2010年10月23日（土）　13：30〜18：00
場所：新宮商工会議所

１．理事長挨拶　：　嵩理事長
今回のイベントのタイトルは「紀州熊野の明日と日本の将来を考える集い」、サブ
タイトルは「自然と人間の共生を求めて、紀州熊野の資源を活かす。」であ
る。我々はもう既に、「資源を活かすことができなければ人が生きることができな
い」、という段階にきており、今回の会議は、当応援団にとって、エポックメイキ
ングなものにならなければならない。本日、３人の講師の方の話を踏まえ、皆で意
見を出しあい、ある一定の結論を出し、そしてその結論に従って具体的な行動を起
こさなければならない。具体的な行動というのは「誰かがやってくれるだろう」と
思いがちだが、我々は決議に従って、ひとりひとりが自分でできることはやってい
くという気持ちを持って頂きたい。そして、この会議が応援団として新たな飛躍の
一歩になればと考えている。

２．来賓紹介

３．来賓代表挨拶　：　亀井　新宮市副市長　＜田岡市長メッセージ代読＞
熊野応援団は、その精力的な活動を通じ、当地域に多くの刺激を与えて頂いてい
る。特に、ふるさとを思う皆さんとの繋がりは、新たな局面を見据えるための大き
な支えである。会員の皆さんが技量・知識・経験をふるさとのためにフィードバッ
クしていただけるならば、非常に力強く思う。私たちは今こそ大所高所からわがふ
るさとを見つめなおし、応援団の設立趣旨にもあるように、行政の壁をなくし広域
連携していくことが重要と認識している。

４．メッセージ・祝電の紹介

５．講演
 「林業再生と木材利用」　“持続的森林経営と再生資源としての木材”
林業家（速水林業代表）　速水　亨　氏
日本は古くから柱適寸角の木を活かす技術があり、集成材の技術の進展に乗らな
かった。結果として輸入される集成材に比して精度・コストともに劣ることとなっ
た。しかしながら、日本書紀にも樹種を目的別に植えるという記述があり、長いサ
イクルで人工林を維持・管理していくという文化が、日本には古くからあった。熊
野古道の景観もその流れの中にある。
林業生産は日本の国内総生産に対して、戦後直後は3％、Ｓ55年は0.34％、Ｈ20年は
0.09％と推移、林業就業者も日本全体のＳ55年には0.34％、Ｈ20年には0.09％とな
り絶対数としてもわずか6万人となった。木材の需要がどんどんと減少しており、立
木価格も下落している。山で切ったスギ1&#13221;で雇用できる作業員数は、Ｓ30年に11.8
人/&#13221;であった、Ｈ16年には0.3人/ であり、1/40になっている。また、非持続的森
林からの木材が輸入される等があり、木材が安売りされている事と、国有林はマー
ケットを無視した伐採を続けるため、木材価格は下落し続けている。ドイツ等の海
外との比較では、日本はとにかく道がついていない。日本の森林全体はどんどんと
太っているが、樹齢21〜60年生が多く、林業の主力である80年生以上が少ない。面
積あたりの生産量はオーストリアは4.9&#13221;/ｈａ、日本1.3 /ｈａと日本はまだまだ
切れる余地があるが、樹齢が若い。また林業・森林への投資に対するリターンを見
ると、世界で見るとかなり良い数字になっているが、日本では良くない。
林業は木を植えて・切る以外は光の管理が全てである。太陽・水・光のうち人間が
確実に管理できるのは光だけ。光を管理することで他のふたつの要素をコントロー
ルしていく。私は明るい森林を維持する程度の、間伐を行うことが適切だと考えて
いる。そうすることで多様性のある森林を作ることができ、また良い遺伝子を残し
ていくことができる。また木が川に覆いかぶさるということも重要で川の生態系を
維持できる。倒木を計画的に残すなどということも重要。
速水林業ではこの10年間に、ＦＳＣという森林認証制度を受けたり、販売方法の見
直しによるコストダウン、トヨタの森の管理を受託、と様々な努力を続けてき
た。「森林・林業再生プラン」が動き出したが、これだけで成り立つかは議論のあ
るところ。市場を情報ネットワークとして活用してもらえるよう働きかけを行って
いる。「自然素材としての木材」と「工業製品としての安定感」を切り分けて考え
なければならない。前者は前者で大切であるが、マーケットは後者を求めてい
る。法改正等もあり要求されるものが厳しくなっていくなかで、安定した品質の木
材を供給していくことが重要である。木の評価としては、強度は充分であり、勝負
は耐久性である。ＦＳＣ等の認証制度も活用して、国際的に誇れる紀州の森林地帯
を作っていくために、頑張っていきたい。

 「土と水と緑の学校」の開校（27年間）と児童・若者を紀州熊野へ誘う
　　　　“紀州熊野に親しみ、紀州熊野の自然資源の活用について”
（社）アジア協会アジア友の会　事務局長　村上　公彦　氏
紀州熊野地域を利用させてもらう立場で話をしたい。初めて熊野川の雄大な流れを
見たときに、都会の子供たちに見せたいと感じたのをきっかけに、その後「土と水
と緑の学校」を開校した。小さいころの「体験」は貴重であるので、「学校」では
座学ではなく体験学習を中心にして、集団生活を重視している。今年で27年目にな
るが、ふるさとを持たない子供にとってはふるさとのような存在になっている。
今日があるのも様々な人のつながりのたまものであるが、地域文化に情熱を持ち行
動を起こしていく人（新宮の中西氏）がいる地域は強い。熊野には素晴らしい自然
があるが、ここにしかないというものではない。そういう意味では如何に付加価値
を付けていくかという点が重要である。京都府美山町というかやぶき屋根のまちが
あるが、年間70万人の人が来る。そうなると色々なものを売ったりして、人の流出
が止まった。流動人口というのは非常に重要である。熊野にもあり、昔の日本のど
こにでも見られた風景を活かして、自分たちの特殊性を活かして、共通の問題に取
組んでいかなければならない。
岡目八目という言葉があるが、ものごとは当事者でない色々な人の意見が参考にな
ることがある。熊野応援団はまさに「岡目」として紀州熊野のために様々な提言を
していって欲しい。日本では公＝官であるが、近代市民社会の原理ではそうではな
く、官も市民も公に対してどうかかわるかということが大切。お上に頼らず、市民
が自覚的に考え行動していかなければならない。まさに熊野応援団も行動して欲し
い。その為には、良いリーダーと良いビジョン、そして解りやすいビジョンが必要
で、そうすれば多くの人が巻き込める。そしてメンバーが痛みを受け入れる参加が
必要である。熊野応援団も口も出すけど、時間・お金も出すという形で協力し、行
動していって欲しい。政府に対しても具体的なビジョンを宣言していって欲しい。
アジアのボランティアを受け入れる会議を招致するなどを考えたときに、受け入れ
体制が重要であり、そういう意味でも紀州熊野の地域も何ができるのかを考えて欲
しい。

 「熊野再生のために」　“熊野スピリチュアル（精神文化）を語る”
熊野出会いの里々長　麻野　吉男　氏
熊野のイメージはどのようなものか。私は熊野川が見える高台に暮らしている
が、海と山が交わる、潤沢な水のイメージがある。世界の色々な地域で水をめぐる
戦いがなされているが、熊野は水を大切にしなければならない。水を守らなけれ
ば、山も守れない。私が少年の頃は、水や森は資源ではなく、石油や石炭が資源と
言われており、日本は貧しい国だと教えられた。資源のない日本は海上輸送による
石油の輸入と勤勉な農民の力で高度経済成長を遂げた。しかしながら現在は、まさ
に水や森が資源であり、神は熊野に水を与えてくれたと感じる。熊野再生のために
は、まさに水を大切にしなければならない。是非、多くの人に熊野川と対面しても
らいたい。川原で芋煮会を催し、また船で熊野川を下るなど体験してもらいた
い。船からの眺めは日常とは違う視点を感じ、時間の流れも違う。是非多くの人に
体験してもらいたい。（その為にはダムの放流なども必要）
残念ながら、日本はヨーロッパのように社会資本が充実していないから、感覚的に
は貧しい。本当は、良い時代に、農村・山村が自立していける投資をすべきであっ
た。また、アメリカが日本に民主主義をもたらしたが、横の関係である民主主義
は、それに歯止めをかける神という存在が必要であり、神の存在があって民主主義
はうまく機能する。
「日の本」の「日」とは魂のことであり、日本はスピリチュアルな国である。熊野
の人は、神の話をしても比較的受け入れてくれる雰囲気があり、そういった土壌が
あると感じる。

５．意見交換会
&#61557;鈴木事務局長より、紀州熊野応援団の活動経過の報告がなされた。
&#61557;大阪支部会員より、三重県多気郡大台町を視察した件の報告がなされ、行政のカリ
スマ的な指導力と民間企業・町民の理解・協力があれば町興しはできると感じた旨
の報告がなされた。
&#61557;東京地区会員より、千葉県での県産材の利用を助成する制度についての報告がなさ
れた。あわせて小水力発電についての事例の報告がなされた。
&#61557;森林組合関係者より、「森林・林業再生プラン」について出口戦略が手薄であ
り、補助金がなくても林業が自立できる仕組みづくりが必要であるとの意見が述べ
られた。
&#61557;大阪支部会員および建材メーカー関係者より、出口戦略に関して、集合住宅の下地
材への国産材の活用についての具体的な取組みについて報告がなされた。
&#61557;東京地区会員より、木材の住宅・建材以外の大きな用途について質問がなされた。
&#61557;東京地区会員より、補助事業によって保育園に木製の椅子を寄付する事例について
報告がなされた。
&#61557;新宮支部会員より、木材製品の生産の過程において、もっと若い人間の声を活用し
て取組むべきであるとの意見がなされた。
→　理事長より、新宮支部にて充分に議論して頂きたいとの指示がなされた。
&#61557;東京地区会員より、製紙会社の原料調達の現況について報告がなされた。
&#61557;本宮大社宮司より、お札に間伐材を利用する取組みについて報告がなされた。
&#61557;東京地区会員より、講演会の感想等の報告がなされた。
&#61557;大阪支部会員より、新宮地区にユネスコ協会を設立すべきとの意見がなされた。
&#61557;麻野吉男氏より、庁舎・看板等を木造にすべきとの意見がなされた。また、看板の
表現の仕方など観光客をもてなす心を真剣に考えなければならないとの意見がなさ
れた。
&#61557;村上公彦氏より、この地が持っている力を引き出していかなければならないとの意
見がなされた。
&#61557;中西新宮支部長より、子供たちに幼いときの体験させることの重要性と小・中学校
の机・椅子・壁等に木材を利用することを紀伊半島から始めていくこと、また都会
の結露対策に木材を利用することを促進するなどの意見がなされた。
&#61557;速水亨氏より、バイオマス発電などに木材を活用していくなどを促進していくべき
であるほか、多様な用途に新しい木材の利用をどう考えていくかということが非常
に重要であるとの意見がなされた。
&#61557;理事長より、決議文案については、来週ホームページに公表するので、それに対し
て意見を事務局に寄せていただくとともに、決議後は、全員で協力して実践し、理
事長から指名を受けた場合は、必ずその指示の活動に協力するよう願う旨の発言が
なされた。

以　上 ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 「吉野・高野・熊野の国」建国 by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2010/06/02/oueiiaiiiiinun/#comment-23</link>
		<pubDate>Sun, 11 Jul 2010 03:26:15 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2010/06/02/oueiiaiiiiinun/#comment-23</guid>
					<description>｢国旗｣、決まったようです。
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=193030 </description>
		<content:encoded><![CDATA[｢国旗｣、決まったようです。
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=193030 ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 第2回「紀州熊野応援団」統一イベント　in SHIRAHAMA　が開催されました by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2009/10/26/ae2oouiithcaaayiyyuyoyein-shirahamaauith/#comment-22</link>
		<pubDate>Mon, 26 Oct 2009 17:41:18 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2009/10/26/ae2oouiithcaaayiyyuyoyein-shirahamaauith/#comment-22</guid>
					<description>レンタカー６６０さんのブログに、統一イベントの記事を掲載して頂きました。
http://blog.livedoor.jp/s430418yusei/archives/65275132.html </description>
		<content:encoded><![CDATA[レンタカー６６０さんのブログに、統一イベントの記事を掲載して頂きました。
http://blog.livedoor.jp/s430418yusei/archives/65275132.html ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 4月2日(木）、『桜と熊野古道を歌う』 by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2009/03/20/4i2aeuiuecoueiiaaeoiu/#comment-21</link>
		<pubDate>Fri, 20 Mar 2009 14:23:29 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2009/03/20/4i2aeuiuecoueiiaaeoiu/#comment-21</guid>
					<description>主演かつプロデュースしている岡美保子さんは三重県松坂市出身で、熊野や本居宣長などをテーマに取り上げ公演を続けておられます。王朝文化に極めて造詣の深い方です。司会のあべ静江さんはやはり三重県出身の歌手です。もう一人の岡佐和香さんは目下熊野をテーマに創作舞踊をつくり、熊野と縁の深い北区王子（王子神社の所在地）でこの秋に公演を行うべくがんばっておられます。 
　王子神社は、豊島一族が１２世紀頃熊野三山を勧請して造営した、熊野出身者にとって極めて縁の深い神社です。王子という地名は、もちろん王子神社に由来します。飛鳥山公園も音無川もルーツは熊野です。 
　急な話ですが、皆さん応援してやってください。 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
NPO紀州熊野応援団理事　植地　勢作 </description>
		<content:encoded><![CDATA[主演かつプロデュースしている岡美保子さんは三重県松坂市出身で、熊野や本居宣長などをテーマに取り上げ公演を続けておられます。王朝文化に極めて造詣の深い方です。司会のあべ静江さんはやはり三重県出身の歌手です。もう一人の岡佐和香さんは目下熊野をテーマに創作舞踊をつくり、熊野と縁の深い北区王子（王子神社の所在地）でこの秋に公演を行うべくがんばっておられます。 
　王子神社は、豊島一族が１２世紀頃熊野三山を勧請して造営した、熊野出身者にとって極めて縁の深い神社です。王子という地名は、もちろん王子神社に由来します。飛鳥山公園も音無川もルーツは熊野です。 
　急な話ですが、皆さん応援してやってください。 
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
NPO紀州熊野応援団理事　植地　勢作 ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 日本・トルコ友好 庄野真代チャリティーコンサート by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2008/05/24/47/#comment-20</link>
		<pubDate>Tue, 11 Nov 2008 14:26:06 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2008/05/24/47/#comment-20</guid>
					<description>及川さんによるトルコツアー・レポートです。
http://www.oikawaneko.com/news/index.html#thanks </description>
		<content:encoded><![CDATA[及川さんによるトルコツアー・レポートです。
http://www.oikawaneko.com/news/index.html#thanks ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 2008/10/24_WBS和歌山放送ニュース by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2008/11/05/20081024_wbsiaieuayeyay/#comment-19</link>
		<pubDate>Mon, 10 Nov 2008 23:03:25 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2008/11/05/20081024_wbsiaieuayeyay/#comment-19</guid>
					<description>2008年11月9日のWBS和歌山放送ニュースです。
http://wbs-news.net/article/22595613.html
和歌山、三重、奈良の３県にまたがる紀州熊野地域の出身者らが、ふるさと活性化を目指して結成したＮＰＯ法人「紀州熊野応援団」の第１回統一イベントがきょう（８日）、三重県熊野市で開かれました。
会場には、地元だけではなく、東京や大阪などから、およそ２５０人が参加しました。
和歌山大学観光学部の竹林浩志（たけばやし・ひろし）准教授が基調講演で、「商品にも観光地にもライフサイクルがある。地域の今後の目標や方向性を皆で作り上げることが重要だ」と訴えました。
その後、分科会に分かれ、世界遺産に登録された熊野古道の積極的な広報や特産品を１万人に薦める活動などについて話し合いました。
最後の全体会議で、紀州熊野応援団の嵩聡久（だけ・としひさ）理事長は「応援団の会員はすでに５００人を超えた。紀州熊野の文化や観光資源を紹介するスポークスマンとして活動を続けよう」と呼びかけました。 </description>
		<content:encoded><![CDATA[2008年11月9日のWBS和歌山放送ニュースです。
http://wbs-news.net/article/22595613.html
和歌山、三重、奈良の３県にまたがる紀州熊野地域の出身者らが、ふるさと活性化を目指して結成したＮＰＯ法人「紀州熊野応援団」の第１回統一イベントがきょう（８日）、三重県熊野市で開かれました。
会場には、地元だけではなく、東京や大阪などから、およそ２５０人が参加しました。
和歌山大学観光学部の竹林浩志（たけばやし・ひろし）准教授が基調講演で、「商品にも観光地にもライフサイクルがある。地域の今後の目標や方向性を皆で作り上げることが重要だ」と訴えました。
その後、分科会に分かれ、世界遺産に登録された熊野古道の積極的な広報や特産品を１万人に薦める活動などについて話し合いました。
最後の全体会議で、紀州熊野応援団の嵩聡久（だけ・としひさ）理事長は「応援団の会員はすでに５００人を超えた。紀州熊野の文化や観光資源を紹介するスポークスマンとして活動を続けよう」と呼びかけました。 ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 第一回 ｢紀州熊野応援団｣統一イベント in KUMANO by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2008/10/10/aeio-zcuiithcaazayiyyuyoye-in-kumano/#comment-18</link>
		<pubDate>Tue, 21 Oct 2008 23:11:38 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2008/10/10/aeio-zcuiithcaazayiyyuyoye-in-kumano/#comment-18</guid>
					<description>｢開催予定｣が、南海日日新聞に掲載されました。

こちらをクリック＜pdfファイル＞ </description>
		<content:encoded><![CDATA[｢開催予定｣が、南海日日新聞に掲載されました。

こちらをクリック＜pdfファイル＞ ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 日本・トルコ友好 庄野真代チャリティーコンサート by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2008/05/24/47/#comment-17</link>
		<pubDate>Fri, 10 Oct 2008 01:43:50 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2008/05/24/47/#comment-17</guid>
					<description>2008年10月8日読売新聞(都民版)に、関連記事が掲載されました。

＜こちらをクリック：pdfファイル＞

ファイルが大きいため多少時間がかかります </description>
		<content:encoded><![CDATA[2008年10月8日読売新聞(都民版)に、関連記事が掲載されました。

＜こちらをクリック：pdfファイル＞

ファイルが大きいため多少時間がかかります ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 「紀伊半島知事会議」、８月６日和歌山県田辺市龍神村で開催。 by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2008/07/10/oueeacaionuaciaeuiaiaaeooiaaca/#comment-16</link>
		<pubDate>Sat, 09 Aug 2008 15:40:13 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2008/07/10/oueeacaionuaciaeuiaiaaeooiaaca/#comment-16</guid>
					<description>2008年8月8日 紀伊民放記事
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=150894

和歌山、三重、奈良の３県が紀伊半島の共通課題を協議する「第19回紀伊半島知事会議」が６日、田辺市龍神村の龍神行政局であった。幹線道路網の早期整備や過疎対策、世界遺産を活用した広域観光など８項目の連携で合意した。

　知事会議には仁坂吉伸・和歌山県知事、野呂昭彦・三重県知事、荒井正吾・奈良県知事が出席した。

　会議では、紀伊半島の道路整備は全国的に遅れているとして、近畿自動車道紀勢線、京奈和自動車道、五條新宮道路などの未整備区間や県間道路の整備を進めるよう引き続き連携していくことにした。仁坂知事は「県間道路の整備で３県が大いに交流できるようにしたい」と述べた。

　また、２００９年度末に法期限を迎える過疎法については、新たな過疎法の制定を求めることで合意。野呂知事は「衰退している集落の機能を再生させる新たな視点が法律の中身に必要だ」、仁坂知事は「県庁で委員会をつくって過疎対策の内容を勉強していく」と語った。

　荒井知事は市町村合併問題に触れ「２次合併の機運が盛り上がらない。何のための合併か、効果があるのか悩んでいる」と述べ「いっそ県都を田舎に移転するのはどうか勉強している」と語った。

　地元市長として出席していた田辺市の真砂充敏市長は合併に対する意見を求められ「首長、議員、職員の削減による財政面の効果が大きい。合併の影響を住民に説明していく姿勢が大事だ」と答えた。

　次回の知事会議開催県となる三重県の野呂知事から、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録日に当たる来年７月７日に、その日開設予定の紀南中核的交流施設「熊野倶楽部」（熊野市）で開催したいという提案があり、３県は日程調整する方向でまとまった。地方分権や道州制、広域連携など地域振興につながる情報、意見交換をする。




【地域振興を検討する紀伊半島知事会議（６日、和歌山県田辺市龍神村で）】

('08/08/08) </description>
		<content:encoded><![CDATA[2008年8月8日 紀伊民放記事
http://www.agara.co.jp/modules/dailynews/article.php?storyid=150894

和歌山、三重、奈良の３県が紀伊半島の共通課題を協議する「第19回紀伊半島知事会議」が６日、田辺市龍神村の龍神行政局であった。幹線道路網の早期整備や過疎対策、世界遺産を活用した広域観光など８項目の連携で合意した。

　知事会議には仁坂吉伸・和歌山県知事、野呂昭彦・三重県知事、荒井正吾・奈良県知事が出席した。

　会議では、紀伊半島の道路整備は全国的に遅れているとして、近畿自動車道紀勢線、京奈和自動車道、五條新宮道路などの未整備区間や県間道路の整備を進めるよう引き続き連携していくことにした。仁坂知事は「県間道路の整備で３県が大いに交流できるようにしたい」と述べた。

　また、２００９年度末に法期限を迎える過疎法については、新たな過疎法の制定を求めることで合意。野呂知事は「衰退している集落の機能を再生させる新たな視点が法律の中身に必要だ」、仁坂知事は「県庁で委員会をつくって過疎対策の内容を勉強していく」と語った。

　荒井知事は市町村合併問題に触れ「２次合併の機運が盛り上がらない。何のための合併か、効果があるのか悩んでいる」と述べ「いっそ県都を田舎に移転するのはどうか勉強している」と語った。

　地元市長として出席していた田辺市の真砂充敏市長は合併に対する意見を求められ「首長、議員、職員の削減による財政面の効果が大きい。合併の影響を住民に説明していく姿勢が大事だ」と答えた。

　次回の知事会議開催県となる三重県の野呂知事から、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の登録日に当たる来年７月７日に、その日開設予定の紀南中核的交流施設「熊野倶楽部」（熊野市）で開催したいという提案があり、３県は日程調整する方向でまとまった。地方分権や道州制、広域連携など地域振興につながる情報、意見交換をする。




【地域振興を検討する紀伊半島知事会議（６日、和歌山県田辺市龍神村で）】

('08/08/08) ]]></content:encoded>
				</item>
	<item>
		<title>Comment on 紀州熊野のあゆみ・気仙沼と熊野の絆について by hq</title>
		<link>http://kishu-kumano.com/2008/06/17/uiiicaessuacaeiiiaeaae/#comment-15</link>
		<pubDate>Tue, 22 Jul 2008 06:43:27 +0900</pubDate>
		<guid>http://kishu-kumano.com/2008/06/17/uiiicaessuacaeiiiaeaae/#comment-15</guid>
					<description>紀州熊野応援団メンバー、平さんの三陸地方紀行文です。

　　　　　　　紀州熊野と関係ある三陸地方訪問について

応援団事務局の鈴木拓氏より、三陸・気仙沼と熊野の関係に関する中西先生の論文を転送していただき、偶然にもこの論文を拝読する前から決まっていた三陸地方への旅を１７日から19日にかけて実施してきました。
三陸地方への旅は初めてでしたが、色々な点で熊野と関係があることがよく分かりました。
今回は、宿の都合で宿泊した場所は、気仙沼より少し仙台寄りの南三陸市志津川町というところでしたが、その近くにある登米市登米町（とめし　とよままち）にある旧武家屋敷を訪問しました。その武家屋敷の中心地に「春蘭亭」という武家屋敷を改装した記念館がありますが、この春蘭亭の元居住者は熊野出身の鈴木氏という武士だったと説明されました。春蘭亭の紹介書によりますと、伊達家登米初代当主相模宗直が慶長9（1604）年に水沢城から登米へ移住した祭、筆頭家老として共に移住して来た武将が鈴木氏であり、その鈴木氏の祖先が紀州熊野の鈴木氏から別れた一族であった、と記されています。その後、鈴木氏が長年にわたりこの地域の管理責任者を務め、平成元年に鈴木氏の本家屋敷を町に寄付され、平成２年に「春蘭亭」と命名し町のシンボルとして運営されています。春蘭亭の近くを散策して見ましたら、なんと「鈴木」という表札を掲げた家が何軒も軒を連ねていました。皆さん同族だそうです。

気仙沼では時間が少なかったため、熊野との関係を詳しく調べることはできませんでしたが、食文化では共通点が多々あるようです。その一つが「さんまの一本寿司」でした。今の季節は北海道のさんましか入荷しないので作らないとのこで試食はできませんでしたが、さんまが三陸沖に来る頃には昔から多くの家庭でさんま寿司をつくるそうです。私は、以前に三宅島（東京都）でもさんま寿司をつくる（熊野の漁業者が遭難して三宅島に住み着いた人が作る）と聞いたことがありましたが、岩手県でもさんま寿司を昔から食べていたことを初めて知りました。気仙沼のさんま寿司には２種類あり、一つは熊野と同じ1本寿司（腹さき）、もうひとつは琵琶湖の鮒ずしと同じような「さんまのなれずし」だそうです。想像ですがこれも熊野から伝来したのでしょう。

また機会がありましたら、三陸地方の海鮮料理と熊野地方の海鮮料理を比較した感想文を書いてみたいと思います。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上 </description>
		<content:encoded><![CDATA[紀州熊野応援団メンバー、平さんの三陸地方紀行文です。

　　　　　　　紀州熊野と関係ある三陸地方訪問について

応援団事務局の鈴木拓氏より、三陸・気仙沼と熊野の関係に関する中西先生の論文を転送していただき、偶然にもこの論文を拝読する前から決まっていた三陸地方への旅を１７日から19日にかけて実施してきました。
三陸地方への旅は初めてでしたが、色々な点で熊野と関係があることがよく分かりました。
今回は、宿の都合で宿泊した場所は、気仙沼より少し仙台寄りの南三陸市志津川町というところでしたが、その近くにある登米市登米町（とめし　とよままち）にある旧武家屋敷を訪問しました。その武家屋敷の中心地に「春蘭亭」という武家屋敷を改装した記念館がありますが、この春蘭亭の元居住者は熊野出身の鈴木氏という武士だったと説明されました。春蘭亭の紹介書によりますと、伊達家登米初代当主相模宗直が慶長9（1604）年に水沢城から登米へ移住した祭、筆頭家老として共に移住して来た武将が鈴木氏であり、その鈴木氏の祖先が紀州熊野の鈴木氏から別れた一族であった、と記されています。その後、鈴木氏が長年にわたりこの地域の管理責任者を務め、平成元年に鈴木氏の本家屋敷を町に寄付され、平成２年に「春蘭亭」と命名し町のシンボルとして運営されています。春蘭亭の近くを散策して見ましたら、なんと「鈴木」という表札を掲げた家が何軒も軒を連ねていました。皆さん同族だそうです。

気仙沼では時間が少なかったため、熊野との関係を詳しく調べることはできませんでしたが、食文化では共通点が多々あるようです。その一つが「さんまの一本寿司」でした。今の季節は北海道のさんましか入荷しないので作らないとのこで試食はできませんでしたが、さんまが三陸沖に来る頃には昔から多くの家庭でさんま寿司をつくるそうです。私は、以前に三宅島（東京都）でもさんま寿司をつくる（熊野の漁業者が遭難して三宅島に住み着いた人が作る）と聞いたことがありましたが、岩手県でもさんま寿司を昔から食べていたことを初めて知りました。気仙沼のさんま寿司には２種類あり、一つは熊野と同じ1本寿司（腹さき）、もうひとつは琵琶湖の鮒ずしと同じような「さんまのなれずし」だそうです。想像ですがこれも熊野から伝来したのでしょう。

また機会がありましたら、三陸地方の海鮮料理と熊野地方の海鮮料理を比較した感想文を書いてみたいと思います。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　以上 ]]></content:encoded>
				</item>
</channel>
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